いまは(真面目に)仕事をしているのですが、以前に入社したところを数日で辞めたことがあります。

根性なしのゆとり野郎と思われる方もいるでしょうが、実際の話なんです。

初めての就職

就職活動はそりゃあもちろんしていましたが、結局なんというか、「会社勤めはいやだな」というのが根底にあってか、成功!というわけにはいきませんでした。

大学を卒業して、ちょっと間が空いてからだったと思います。

4回か5回かの試験・面接を経て、5月に大阪本町のコンサルの会社に入りました。

事業内容も自分の興味分野だった上、新卒ながら期待のホープとして重用してくれるとのあまいささやきも受けつつ、
ひそかに「本町にある謎のビルの小さな部屋で働きたい」と大学生の時に考えていた僕には、すごくわくわくしていた”就職”でした。

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(あんなことやこんなこと)

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(経つこと数日)

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しかし、まあ色々省略するんですが、辞めますということにしまして、手続きとともにそこの社長と話をしました。

社長との話

これは忘れることは無いと思います、辞める理由をつらつらとのべたあとに言われた言葉

「お前が今なんと言い訳しようとこれ(辞めること)は”逃げ・諦め”。いまお前が考えていることには何の価値もない」
と。

同時に

「逃げ癖をつくるな。あきらめないことが財産になる」
とも。

正直そのときは、「何を言うとるんや。ワイがこれからポジティブに生きるために辞めるんや。逃げかどうかはワイが決めるんや。」とか思って、むすっとしたのを覚えています。(ちょっと腹が立つのは仕方ないですよね)

辞める理由は、その社長、会社のやり方はナシだと感じたからで、そんな中でやっていく自信もなかったからです。自分には無理、絶対にイヤだ、という感じ。

そのナシなやり方を、彼が悪意を持ってやっていたのか善意でやっていたのかはわかりませんが、僕は我こそが正義という感じで許すことが出来なかったのだと思います。

後半の台詞はその通りだと思います。
諦めてしまったとしてもその経験は財産にできるとは思うけど。

いま思うこと

客観的にみると(もしかすると)ただの甘ったれた勘違いやろうやったかもしれません。ぬくぬく育ってきて、会社に入ったらなんか恐ろしいところで、こわくなって逃げ出したよ、みたいな。少なくとも大人の目にはそう映ります

僕もそんな話を聞いたなら、まあゆとりやろうし仕方ないよ、よくあるよくある、とかきっと思ってしまいます。

ただ、
自分の意思決定の正しさ・価値はその時の自分が決めることであって、他のなんびとにも評価・規定されることはない
という考えは揺るがずに持っています。

実は、あのときにやめたことはまったく悪いと思っていません。
当時も勿論思っていなかったし、いまも思いません。

やっぱり「逃げた・諦めた」とは捉えていないのです。
人からそういわれようとも、自分自身でそういうふうに思ってしまうのはなんか悲しいことだなって!

選んだ道が正解だし、反省はすれど後悔はしませんというスタンスがいいと思います。

変えること

結局、やっぱりこれからもそのときその時の自分の意志を尊重したい、
自分が感じたことこそが正解として行動していきたいと思うんです。
(もちろんとりまく社会・環境・組織のルール・慣習に合致しないことは社会的人間として相対的に「間違い」だし、然るべき判決を下されるわけですが、そこは大人の常識を持っていれば大丈夫)

後々に、間違いやったなぁとおもったら、その後の行動を改めればいいというわけ。

過去は変えられないけど、未来は変えられる!的なのはよく聞きますが、全く持ってその通りです。

過去とか、他人とか、そういう自分の力が及ばないものじゃなくて、変えられるものを変えていけばいいんですよね

僕が会社をやめた時の話で考えれば、変えられない会社ではなく、自分の働く環境を変えたということ。それで今、それを後悔するのではなくて、これからの働き方に活かしていくということ。

これから

仕事だけじゃなくって、とにかく素直に生きよう、もっと頑張ろう!